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zekku

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火黄短編集

火黄のみじかいおはなし×5

[ぼくらはなんどでも]

笑ったその目許に恋をして、尖った鼻を通って伝う涙にもまた、恋をした。
そうやって何度でも、何度でも。

一つ歳を取って、すこし節が出た骨格が愛おしくなって、五つ歳を取って、たまに魅せる顔に憂が混じるのも、愛おしくて。
アンタと俺、もうどっちの匂いだかわかんねースね、って、笑うその顔に。
恋が緩やかに愛に変わるとは淑く聞いたけれど、いつだってこの恋慕は唐突で突然で己を内側から削るように苛烈だ。
もうお互いの匂いも混じって了うくらいに長く居すぎたけど、それでも、お前から俺の匂いがする、なんて、そんなことにさえ未だにじりじりと指先を焼くのだ。
あの頃とは違うのだけど。

細くなった顎も、筋が浮き出るようになった首筋も、骨が浮き出るようになった手の甲も、炸けるような水を湛えていたあの頃の感触とは随分違ってしまったけどそれでも、そのひとつひとつが愛しくなって、挙句に鮮やかな金の髪だけは劣化せずになお煌々と輝くもので、俺は何度もお前に恋をするのだ。
ふわり、むかしより柔らかく笑ったその目許に、また、恋をして。



(いつでも何度でもまた新しい恋をするよ)(この先に何もないと知っているけどそれでも) 





[ふゆのあさ]

ひくり、鼻を動かすと湿った匂いがした。
乾いて透き通って凍った空気が剥き出しの肩を撫でて、ざわざわと鳥肌が立った。
外は雨だろう。
タオルケットを鼻先まで引き上げて、ああ、少し引っ張りすぎたかな、横の塊がもぞもぞと動いたのを見遣る。
寒かった?ごめんね、でもアンタ熱量高いからいいよね。
「おい」
案の定12月の冷えた空気は火神を起してしまったようで、かすかすに乾いた低い声が頭上から漑がれた。
「んー」
「さみんだけど」
「んー」
生返事で返していたら、敷布を引っ張られた。
引っ張られたままに随せてごろごろと一緒に転がって、ひたり、熱量の高い皮膚に当たる。
あったけーなー。
「起きるか?」
ごそりと動いて、ぴったり付いてた皮膚と皮膚の間に隙間ができる。
空気が吹き込む。
「何時い」
「8時」
「・・・・・・・寝たい」
俺は寝たいのだけれど、火神はもう起きる体制だったので、その体にかかっていた敷布とタオルケットを剥いで包まる。
イモムシになってみた所で寒いけど。
「寝てていーぜ、呼びに来るから」
「んー」
甘い。
甘い、どこまでも火神は俺に甘い。
その熱が離れていくのを感じながら温くなったシーツを辿る。
熱の残滓。
真綿でぎりぎりと囲われているようだ。
甘い毒。
こんなにどろどろに愛されて甘やかされてしまっていて、きっと俺はもう一人では何も出来無い。
優しい檻、甘い毒、きっときっと俺はこのままぐずぐずに溶けて、溶かされて、きっと火神に混じってしまうんじゃないかな。
ああそれもいい。
けれど真綿で絞められるよりはどうせなら、指の皮がかちかちに固まったそのでかい手で。
温かなその手で。
目を閉じた耳の奥で床が輾む熱量を覚えた。

[静電気]
息を吸う。
凍った空気が喉の奥までじわじわと浸すような感覚に囚れて、浸すような感覚、というか、実際、乾いた大気を粘膜の深くまで吸い込んで、黄瀬は大きく咳込む。
此れだから冬はだいっきらいだ。指先は赤くなってじくじくと痛むし、耳に付けたピアスがきんきんに冷えて、千切れそうに痛いから。
きんきんに冷えた指先できんきんに冷えた耳を揉み解したけれど、擦って痛くなっただけで血流の回復は望めなかった。
脳髄までかん、と突き通るような凍った風に、息を吸うのを一瞬躇って、黒いマフラーに口元を填めて息を吸った。
息を吐く。
蒸気が篭る。
その白い蒸気も頬に漏れた途端急速に冷える。
ああ、やだ、ああやだやだ。
小さく否定の言葉を頭の中で繰り返しながら、言葉にしてしまえばまた凍った蒸気になるので、ただただ反芻して、歩みを速める。
けれど冷えた空気の中を棒になった足が突っ切るものだから、びしびしと鞭か何かで打たれているように痛い。
もう寒いとかではない、痛いのだ。
ジャケットのポケットを弄って鍵を探して、その鍵の冷たさにざわりと心臓を鷲攫みにされながら開錠。
静電気の洗礼を受けなくなったのは腕にしてるわっかのおかげ。
黄瀬が部屋に入るたびに小さな悲鳴を上げるもので、髪が黄色いから帯電するんだとかわけのわからない事を言って火神がくれたものだ。
わけわかんねっすよ、と心の中でわかりにくい火神のデレに突っ込みを入れつつ玄関ホールに入る。
脱いだ靴の爪先を斉えて、でかいスニーカーの爪先が斉っていないのを見つけて、溜息をつきながら手繰り寄せた。
フローリングは靴下越しなのに、下からじわじわと寒気が上がってきて冷たい。
許せない。
足早にリビングに飛び込んだら、ざらりと頬を覆うような熱気が沸いてきて、おまけに煮込んだトマトの好い匂いがしたので、脱ぎ散乱した靴も、伝わりにくいデレも、全部許してやることにした。




[水底の夢]
ひたひた、ひたひた。
塩辛い水がしんしん、染み入る、染み入る。
無遠慮に入り込む水が小さな肺胞一つ一つまで満たして、ごぷり、行き場を無くしてひしゃげた空気が口から溢れた。
アア、出て行くなよ、俺の中から、出て行かないで。
目を閉じても目を開いても変わらない、暗い、を通り越して黒い水底は痛いほどの耳鳴りで脳髄貫いて、ただただ、深く沈む。
もう一杯だ、入らないよ、そう思うのに、ひたひたと水は染み込んで、俺と水との境界は次第に曖昧になった。
目を開く。
ぬるりと薄い瞼が眼球の表面をなぞる感触だけで、自分が目を開けたことを知覚しているだけで、網膜は一向に光を掴めずに。
何も見えないんだよ、ねえ、アンタの声も、耳鳴りが酷くて、全然届かないんだ。
伸ばした腕さえも黒く沈んだ視界には入らなくて、泣きたくなった。
きっと今俺がここで泣いたとて、塩辛い水底ではそれすらも同化してしまうのでしょうけども。
こぽこぽ。
小さな音を立てて気泡はどんどん肺胞から逃げて、どんどん黒く塗りつぶされる、肺が、息が、ああ、もう。
ぬるり。
薄い瞼が濡れた眼球を静かに覆う。
受動的か能動的かの違いだけで、黒い視界は一向に変わりなかったけども。
けれども、進んで選んだ瞼の裏の暗闇にはさっきよりも確かな輪郭で、アンタの像を結べたんだ。ねえ、アンタが見えたよ、火神。
手を伸ばした先は見えなかったし、アンタの声をこの耳が認めることはできないのだけれど、瞼の裏の小さな暗闇に、捕まえたよ。
しんしん、染み入る。
そろそろ薄い皮膚を突き抜ける水が俺の体液と混じってしまって、いっしょくたになってしまうんじゃないのかな、ねえ、このまま溶けちゃいそうだよ。
(光の届かない水底で)(アンタを見たんだよ)(水底から見る夢)




[喉の渇き]
伸ばした指先はさらさらとした綿の布地を掠る事はなく、爪先は虚空を掻く。
薄い膜が張り付いたようにひり付いた喉は音を漏らす事はなく、ざらりとした空気が粘膜を撫でて、余計に噎せた。
帰る、と言ったこいつを引きとめられないのは、きっとどこかで俺が引きとめたくないと思っているからなのだろう。
引きとめたらきっと、この焼け付いた喉に、渇いたこの喉に、染み渡るくらいに欲しくなってしまうような気がして、引きとめたくないと思う俺が居るのだ。
きっと左様して仕舞ったら、文字通り喰らい尽くしてしまいそうに、渇いている。だから伸ばした手は届かないし、否、届かせようとしていないのだ。
長身を屈めて靴の紐を結ぶそのTシャツ越しに浮き上がった背骨の辺りをぼやりと眺めながら、あまり見ないように視線をフローリングに移した。
いやに緩慢な動作でのんびりと踵を入れる動作に苛立ちを覚えて息を吐く。
早く、早く。
俺の声が出ないうちに、早く、俺の目の前から居なくなってくれ頼むから。
じゃあね、と薄っぺらく笑ったその目を避けて、頷く。
またね、とは言わないのな、お前。
いいけど。
ああ、でもやっぱ良くないかも。
玄関扉が重たい音を立てて閉まりきってしまうまでご丁寧に見送った後、もう一度名前を読んでみようとしたけれど、からからの喉が引き連れて、やっぱり声は出なかった。
「(いくな、いくなよ)」
左様言ってしまえたならどんなにか。
キッチンで適当に汲んだカルキくさい水道水で喉を潤しても、やっぱりその言葉が喉を通り抜けて空気を震わすことは無かったのだ。
(いわない、いえない、いいたくない)(行方知らずのこの恋は)



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