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zekku

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あめのひ[ナギ独白]

あめなんてきらい

どおどお。

腹の底から突き抜けて来るような、押し上げるような不快感に後押しされて、ゆるりと目蓋を薄く開けた。ぐるりと天井が半回転して、吐き気を伴う浮遊感と一緒に纏わり付く重たい夢から身を起こす。

どおどお。

弾けるでもなく、流れるでもなく、どお、と音が韻いていた。
耳の奥に薄布を一枚貼り付けたように不明瞭な音が落ち着かなくて、中途半端に長く伸びた髪の毛を耳に掛けてみたけれども、どお、と塊の音は重そうな響きだけを確かに、周囲に満ち満ちている。

(・・あめ)

自分の髪をひと撫でして、寝乱れて皺の寄ったシーツに投げ出す腕が重たい。大気に漂う水分を皮膚から吸収して重くなったんだろうか。まあきっとそんなことは無いと思うので、そう思うだけ。
聢りと閉じられた二重ガラスの窓越しに周囲に満ち満ちた水音はどこか遠く、蓋をされてしまったように瞭然としない聴覚も相俟って、まるで水中に叩き込まれた時みたいだなあと回らない頭で考えた。
艶のある重たい布地の窓帷を端を下に引っ張るようにして乱雑に開ければ、目に入るのは土砂降りの雨。
雨粒が勢いよくガラスにぶつかっては砕け、瀝り落ちて、ぐにゃぐにゃとあっちこっち曲がりながら下へと軌跡を描く水滴が、薄靄の懸かった暁方の景色を不恰好に歪めていく。

雨は好きではない。

雨が降っているだけで任務達成への難易度が上がるし、まず第一にうるさい。とてもうるさい。雨音に乗じて、なんて事もあるが、個人的な感情として雨の音が嫌いだ。特にこんな、滝壺に投げ込まれたように周囲を覆い尽くして降り頻る雨の音が大嫌いだ。
押し留めても押し留めても流れ込んでくる音の濁流に飲み込まれそうになるから嫌いだ。あたり全体どこにでも満ちて、満ちて、濫れ流れて、だくだくと渦巻きごう、と押し入ってくる水の音に、息が苦しくなるような気になるからだ。低くなる気圧に、じとりと体のまわりに纏わり付く大気。はちきれんばかりにみずを湛えた大気は、重く息苦しい。
目を閉じたらそのうち、空気に染み充ちたみずが弾けて溢れて、本当に溺れてしまうような気がするからだ。

(まあぶっちゃけ溺れないんだけどね)

実際に水の中に投げ込まれたとして、勿論泳ぐ術は達者だし、水の中で空気をつくりだすことも不可能では無い。ナギにとって水の中に突然身を置く事そのものは、好ましくは無くとも、それほど忌避すべきものでもなかった。
それでも。
それでも、溺れるような雨が、とても嫌いだった。

もう一度、視界に懸かる髪の毛を指で除ける。湿った髪に指を差し入れたまま、鈍く痛む米神に掌を当てて、ぐりぐりと血流の流れを促すように揉み解す。この頭痛も、雨が嫌いな理由に入れてやろう。
強く押し当てた掌からずくり、ずくり、自分の血潮の流れる音が響いて、それがまた、海中で聴く砕けた波の音にも似て、また、ナギは水の中にいた。

ざざ、ざ、ざ。

目を閉じる。目蓋を透かして入ってくる光は赤い。
ああ、息が苦しい、とても、くるしい。ごぷりと耳元で鳴った水音に、きらきらと気泡が上へ上へ昇る様を夢想して、どくり、どくり、また凪いでいた波がゆれて、ゆられて。
いきを長く、細くゆっくりと吐き出して、肺も胃も空っぽになって、換わりに塩辛い水がだくだくと満ち満ちていく。いきが苦しい。空っぽの腑にどんどん遠慮なく水が押し入ってきて、肺胞の小さな一つ一つまでにも水を濫して、どおどお、どおどお、鼓膜を埋め尽くして内に渦巻いた。

どおどお。

どおどお。

大きく空気を吸い込んで、這入ってくるのが海水などでは無いことを確かめて、ナギは目を開けた。
窓帷を勢いよく閉めて、また水音は不明瞭な塊に戻る。
わざと大きな音を立ててクローゼットの扉を押し開いて皺くちゃのベッドに衣服を放り投げ、またわざと音を立てて戸を閉じた。
シャツを羽織って鏡の前に立てば、撫で付けた髪の毛の先があっちこっち好き勝手跳ね回っている。


だから、これだから雨は、大嫌いなのだ。

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