ていたから、近づく不躾な輩を仰ぐことは出来無かった。
畜生。
「死んだ?」
嫌味なほどにはっきりとその声は俺の耳に沁みた。
人間の聴覚というものは臨終の際でもその糸が切れた後でも、最後まで残る感覚らしい。
しかしその明瞭な声の主が誰なのかを考える前に頭蓋の中にきんきんと声が木精したから、失礼な物言いをした奴が誰だかは頒らない。
ほっとけ。
「ねえってば」
煩いな、死んだよ、死んだ。
死んでるんだ。
だからもう放っておいてくれないか。
折角人がしんみりと清浄で静謐な沈黙の中に美しく眠りの牀に着こうとしているのに、無粋なやつめ。
ひゅ、と凍った外気が肺胞に滑り込む。
「アア、なんだ生きてた」
躰に緩い重みが掛かった。
重い。
痛い。
「俺が忘れてないもん、死んでないと思ったよ~」
重たい、苦しい。
あたたかい。
「生きてよ、ねえ、ナギ」
あたたかい。
脳髄がきゅーっと締め付けられて、熱くて、重たくて開かない目蓋の奥からその熱さが流れ出してきて。
溢れた涙はすぐに冷えて了うけど、凍る間もないほど次々と熱く押し寄せて。
噫、全く俺は、途方も無いほどに生きて、生きて居るのだと、鹹い熱さを持ってして、情け無いほど実感した。
それと同時に、眠りに落ちる寸前の俺を温かい牀から引き摺り降ろした失礼な馬鹿野郎の名前も思い出して、それでも張り付いた喉はその名前を震わせることは出来無かった。
生きているという事。