[9A]
どろり、腹の奥で何かが凝っている。
どろどろしたその何かが、ずるずる、喉元までせり上がってきて、気が狂いそうで。
どろどろが頭を満たして、低い位置にある華奢な頭を引っ掴もうか、とか考えて。
薄い唇を乱暴に貪って、噛みついて、ぐちゃぐちゃに抱いて、そうして、
(嗚呼、どうしてこんなにも、)
[クラA]
僕はこの感覚を確かに。
確かに、知ってる。
絡まりやすい髪をするすると滑る指とか、
布越しに確かに温かい手だとか、
脳髄に染み入る低くて優しい響きを持つ声とか、
(・・深い、)(ビィドロのような、勿忘草色)
要素は幾らでも思い出せるのに、それは像を結ばず霧散するだけで、
(嗚呼、泣けもしない)
[KA]
てっぺんの方だけ長い綺麗な金髪を掻き上げる指は、ごつごつして長いのを知ってる。
切れ長の鋭い目が、実は優しい光を灯していることも。
こくり、小さく喉が鳴った。
背の高い彼と僕の目線がかちりと合っているなんて、滅多に無いから。
酷く喉が渇く。
(かっこよくて、しにそう)(余裕は夜の向こう側)
[Kナギ]
ちりり。
手探りでなめし革のようなすべらかで弾力のある肌を辿っていた指先に引っかかるものがあった。
(瘡蓋・・)
秘密主義の男の真ッさらな肌に戦いの名残。
爪先で弾いたら簡単に瘡蓋は破けた。
宵闇に滲んだ鉄錆の匂いに口付けて舌先で傷跡をなぞれば、ナギの喉から小さく声が漏れて。
(闇に紛れて)
[クラA]
「あ」
間の抜けた声。
重力に従って傾ぐ体。
少々力を込めて引いた腕は、それでも自分の許へ収まる事は無い。
当たり前だ。
教師と生徒であって、それ以上の関係では無いからだ。
「・・気をつけろ」
足を滑らせたエースが立ったのを確認して手を離す。
「ありがとう」
ああ、本当に、
(飲み込んだ言葉の墓場)