ふるり。
蜂蜜色の円い眼を閉じ込んだ瞼の薄い皮膚が引き攣る。
少し強く唇を押し当てたら、ごろり、皮膚の下で眼球が動く確かな感触がして。
長く伸びた睫を掠めて眦を緩く食めば、俺の腕の下で押し殺した笑い声が漏れた。
ゆるり、持ち上がる瞼。
濃い睫毛に縁取られた鼈甲飴のような瞳が、猫のように細められる。
何時だったか、こいつを犬のようだと言った奴が居たが、犬というよりは。
犬なんてそんな従順で敬虔で可愛らしいものではないんじゃないか。
くつくつと笑いながら、それでも常のようにぎゃんぎゃん騒ぎ立てたりもせずに静かに俺にされるが儘になっている黄瀬を見遣る。
好き放題しているのは俺の方だが、その実、なにか化かされているような気がするのはどうしてだろう。
(化かされている?)
・・化かされている。
そう、それだ。
犬なんて可愛いもんじゃないのだ。
言うなればたぶん、そう、狐のようなもので、ころころと良く動く表情で、きっとこいつは人を化かすような類のものなのだ。
と言ってもそんなに良く回る頭を持っているとも思えないので、狐のようにとんちで化かすというよりは、きっと。
(この眼で)
(魅入る、のか)
つい、と睫毛の立った切れ長の目尻が、琥珀をどろりと濁す。
ああ、厭な眼だ。
何か良くない事を、思いついた眼をしている。
「なんか俺、食われてるみたいスね」
「・・・食ってやろうか」
真実に食べてしまえたなら、きっとこいつは甘い味がするのだろう。
しかも後味はしつこいに違いない。
くつくつと未だ笑いを零す喉を噛み千切って、蜂蜜色の瞳が白く濁って、きゃらきゃらと煩い声が薄い唇から漏れる事はなくなる。
きっと黙っていれば文句無しの美形なんだから、観賞用に丁度良いんじゃないか。
そう考えた後に、吐き気がした。
白い頬に緩やかに歯を立てる。
ぎゃあ、とか、うう、とか、なんだか言ったようだったけど気にしない。
細胞質の詰まった肌理の整った肌は表面張力ぎりぎり水分が満ち満ちていて、もしこのままもう少し力を入れたら、もしかしたら大粒の葡萄の果皮に歯を立てるようにぶつりと、小気味良い音を立てて果汁が溢れるのではないかと思う。
もちろんこんな馬鹿でも一応モデルなので、その商売道具に傷をつけるような事はしないし、きっと葡萄のように、なんてこともない。
現実的に考えて、の話。
すん、と鼻を啜る。
作り物めいた甘い匂いに少しだけ蜜柑のような匂い(黄色いからか?)がした。
耳に鼻を寄せたら、黄瀬はきゃらきゃらと笑う。
「ふふ、火神っち、おおかみみたい」
俺、狼さんに食べられちゃうッス~、とか、わざとらしくおどけた声を飲み込むように薄い唇を噛んで。
やはりモデルってもんは唇にまで気を使ったりするのだろうか、傷の無い存外柔らかなそれに、やわやわと歯を立てた。
あまい。
あまいのはこいつがさっきまで食っていた砂糖菓子の所為か。
「ね」
決して華奢ではない、というか俺と殆ど変わらない体格の男が小首を傾げた所で可愛くもなんともない。
むしろ腹立たしいくらいだ。
「どうせ食べるならさ」
長い指が俺の首を撫でる。
一瞬、そのまま爪がにゅにゅって伸びて、頚椎を掻き切られたらどうしよう、なんて思ったりして。
まあ実際こいつは狐でもなんでもないのでそんな事はなくて、素直に首に回った腕は、ぐい、とお互いの鼻先を近づけるものだった。
「おいしく料理してよ、おおかみさん」
たべてしまいたいくらい、すき。
(ああ、ああ、これだけじゃ足りないのです)