たとえ歩む道は分かとうとも、見据える先は同じであるから。
また何処かで道が交差する時まで、真っ直ぐに前を向いて行こうと。
誰よりも―・・
(誰よりも、自由に)
「もう行くのか?」
「・・ああ、行くさ」
明け方の風は身を切るように冷たくて。
でもそれがかえって心地よく思えた。
17歳になった日から、指折り数えてきた。
気候が安定して、良い風が吹くような朝。
予てより準備を進めてきたことを、遂に実行に移すときが来た。
(海に、出る)
誰かに会ってしまうと躊躇ってしまいそうだったから、まだ誰も起き出さないころに寝床から抜け出したつもりであったのに。
いつもは起こしても起こしても起きない弟が、俺が起き出した瞬間にぱちり、目を開けた。
「エース?」
「・・まだ、寝てろよ」
「嫌だ」
こいつはこいつなりに、何か、気配でも感じ取ったのかもしれない。
妙な所で鋭い弟だ。
いつもは大食らいの俺だが、なんだかあまり食欲が湧いてこなくて(それでも一般的に見て2人前は食べたが)、軽い朝食を取り、最低限の身支度を整えていく。
まだ半分寝惚け眼で、それでも大量の食料を口に突っ込みながら、いつもは騒々しい弟は何も喋らなかった。
「・・エース」
「ん?」
「エース」
「どうかしたか?」
えーす、と、また小さく俺の名前を呼んで、弟は中途半端な表情を浮かべた。
不思議そうな、ちょっと困ったような、変な顔。
「うーん」
「だから、どうしたんだ?」
笑いながら問いかければ、首を傾げながら、ううん、とまた唸った。
「暫くはエースって呼べないだろ」
だから呼んどこうと思って、と言う弟には、今朝旅立つことは一言も告げていない。
告げていないけれども、なんとなく感じ取ったのだろう。
いつもは空気の読めない奴だが、今日ばかりは違ったらしい。
どうにも感傷的になってしまいそうで、俺は会話を続けることが出来なくて。
リュックサック一つで間に合ってしまった荷物を背負って、少々複雑な顔で俺を見遣る弟の髪を掻き混ぜて。
「じゃあな、ルフィ」
「・・・そこまで俺も行く」
あまり長く一緒に居ると別れを惜しんでしまいそうで少し嫌だったけど、その実、できるだけ別れを引き伸ばしたいのも事実で。
別に今生の別れってことでも無いのだけれど。
(・・いや、そうなる可能性だって)
海に出る以上は、今生の別れとなる可能性だって、十二分にある。
ぶるり、身震いした。
恐怖からではない。
ぞくぞくと、背筋を何かが這い上がる。
幼い頃に覘いた深遠の片鱗が、じわじわと齎す、興奮。
船(というよりヨットに近い)が泊めてある所までの道を二人で歩きながら、いつもどおりの話をした。
村長の小言がどうだとか、マキノさんのことだとか、昨日の晩飯のことだとか。
そして、海に出たらとか、その先の、ずーっと先の、でかい夢の話とか。
「誰よりも自由に生きるんだ」
「うん」
「広い海で、誰よりも自由に」
「・・うん」
ルフィが大事にしている麦わら帽子を目深に被りなおす。
「俺は、海賊王になる」
ぽつりと、でもはっきりと吐かれたのはルフィの口癖。
「ばか、そりゃ俺がなるんだ」
「いーや、俺だね」
「そういうことは一回でも俺に勝ってから言えよ」
「俺はもっともっと強くなるんだってば」
「俺だってもっともっともっと強くなるさ」
それで、と、ルフィは言葉を一回切る。
「強くなって、海賊王になって、俺はシャンクスに帽子を返しに行く」
いつも弟の話に出てくる、恩人。
憧れだと言っていた。
「そんで、エースにも会いに行くから」
「俺はついでかよ?」
俺よりも先に彼の名が出てきたことに少しだけ残念に思いながら、その恩人とはどんな人物であったのだろうと思う。
「あ、エース、シャンクスに会ったらよろしくな!」
「お前の恩人なんだ、当たり前だろ」
(弟の恩人だしな。兄としてお礼を言わないと!)
砂浜には、すぐに着いてしまった。
潮風が髪を嬲る。
朝日はまだ昇りきっていなくて、きらきら水面に反射しながら、赤々とした光を放っていた。
なんとなく無言のまま、それでも重たい空気ではなくて、自然な空気で。
木の杭に括り付けてあった縄を解き、肩からずり落ちてきたリュックを背負い直す。
(朝が、来る)
もうじき、陽が昇り切るだろう。
完全に朝になってしまうまえに、出航したかった。
「ルフィ」
「俺は行くよ」
「・・おう」
船に足を掛ける。
もうここに戻ってくることは無いのかもしれない。
ほんの少しだけ名残惜しくて、胸いっぱいにこの土地の空気を吸った。
郷愁よりも、なにより冒険への好奇心の方が強かった。
「エース」
「ん?」
「またいつか、」
「ああ。今度は、お互い海賊としてだな」
「海賊でも兄弟だからな?」
「そりゃもちろん」
「「また逢おう」」
畳んでいた帆を張る。
追い風。
強い風に吹かれて、すぐに船は浅瀬を出た。
「エースー!またなー!」
俺もルフィも、じゃあな、とは、言わなかった。
「お前、あんまり出てくんな!お前泳げないんだから!」
ばしゃばしゃとルフィが浅瀬を走っているのを見て、慌てて制して。
弟に踏ん切りを付けさせる為と、あとは、なんだか少しだけじわじわとしたものが込み上げてきたから、俺は振り返るのをやめた。
たとえ歩む道は分かとうとも、見据える先は同じであるから。
また何処かで道が交差する時まで、真っ直ぐに前を向いて行こうと。
誰よりもでかい夢を持って、誰よりも自由に、さ。
(次に逢う時は、海賊の、高みだ)
またいつか、逢う日まで
後にめっちゃ賑やかしい旅立ちシーンが原作で出て玉砕したやつ。