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zekku

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或る雨の日[赤炎/OP]R-15

あめのひのお頭と兄ちゃん







どおどお、どおどお、海の天井を突いたような、或いは、湯船か酒樽を引っ繰り返したような。

少々大袈裟なくらいの形容が相応しいような様子で、雨が降って居る。
びたびたと地面を叩く音がやけに大きく聞こえて。
硝子ごしに見た見慣れた町並みは、ぐにゃりと歪に見えた。

窓にぴたりと手を当てたら、ひやり、冷たい感触が伝わって。
その冷たさが腕を伝って背筋を駆け上る。
僅かに肩を震わせて、でもその冷たさが気持ち良くて、額を窓に押し当てた。

「何してんだ?」

背後からゆるり、間延びした声がする。
声の主が近付いてくるのがわかったけど敢えて振り返らずにぴたりと額を窓に押し当てたままにしてたら、のたのたと水滴が流れ落ちる硝子に、ぐにゃりと歪んだ男が写る。
妙に縦に伸びた男は、水滴でぐにゃぐにゃで、笑っているのか泣いているのかよくわからない。
否。
この男が泣いてるのなんて見たこと無いし、何時だってへらへら笑っているのだから、きっと今だって笑っているに違いないのだ。

「・・べつに」

男から見れば、きっと今の自分の所作は、酷く滑稽に写るか、はたまた随分子供っぽいものに写るのだろう。

「お、すっげえ雨だなぁ」

予想に違わずからからと笑いながら、ぺたり、男も俺の顔の横に骨ばった掌を置いた。
冷たくないのかな。
ああ、でもこいつの掌は何時も冷たいから、あまり感じないのかも。

「・・・つめたい」

伝い落ちた結露が頬を滑って、なんだか俺が泣いてるみたいな格好になって、可笑しくなる。
何を悲しむことがあるというのだろうか。

「暖めてやろうか」
「遠慮しとくよ」

相変わらず声に笑いを滲ませたまま、男が俺の髪を梳く。


(・・・この、関係、かも)


悲しむとしたら、である。

何を生む訳でもなく、一時だけ、何かを得る為に、ただただ居るだけ。
得る為に、というのは語弊があるかもしれない。
結局何を得るって、それは空虚以外の何者でも無いのでしょうに。

「やっぱり」
「ん?」

俺は漸く額を冷たい窓から離して、男を視界に入れる。
鮮やかな赤髪が、暗い灰色の空を反映したのか、少しくすんで見えた。
くすんでる分、深みが増したようで、なんだか余計性質の悪いもののようにさえ見える。

「やっぱり、暖めてもらおうかな」
「そう来なくちゃ」

いっそ俺が燃やしてやろうかと嘯いたら、洒落になんねえと小突かれた。
小突きながらも、そのごつごつ骨ばった指が俺のシャツの方に侵入してるのだから、器用な男だと思う。

ひやり。
やっぱり予想と違わずその掌は冷たくて、意志を持った手が脇腹を掠る度にぞくぞくと悪寒にも似た感覚が背中を駆け上った。
悪寒に似た、でも、確かに違うそれは、徐々に五感をも支配して。
寒気なんかより、よっぽど性質が悪いものであると思った。



「う、ア」

体の中心を深く抉られて、ギリギリと奥歯をきつくきつく噛み締めながらも、経験値というかなんと言うか、結局いつも泣き言を言ってしまう羽目になるのは眼に見えているのに、それでも意地を張るのは擦り切れる寸前の理性と無駄に高い俺の矜持ゆえであって。
とかなんとか言っているけど、やっぱり男として生まれた以上は当たり前に持ちうる矜持なのであって。
それはもう幾度もこうして体を繋げてはいるけれど、一生慣れないのだと思う。

(つめたい)

体は、今にも発火しそうに熱いのに。
急速に冷え切っていく思考の中で、外を見遣る。

どおどおと未だ降り続く雨に、大きな水溜りが出来て、ばしゃばしゃと喧しく跳ねる水音。
聴覚は完全に水音に支配されて、ぐにゃぐにゃに歪んだ景色と溶けそうな頭の中で、ああ、海みたいだとか的外れなことを考えた。
海に嫌われるこの身では、もうあの深い青に身を沈めることはできやしない。

自分の体を揺さぶるこの男はそれができるのか、と思うと、羨ましく思った。
海が、好きだった。

「俺、さ、ァッ」
「んー?」
「海、すっげ好きッ、だったん、だ」
「・・・そうか」

今は?とまた笑いながら耳元に吹き込まれて、どうなのだろうと、しばし考える。
考えたけど、また下から強く突き上げられて、上手く頭が回らない。

ああでもきっと、きっと。
今でも俺はあの海に対する憧れを捨てきれないのだろう。

どこまでも広がる水だけに浸されるのは、喩えようもなく気持ちい。
体が確かに知っている感触を、もう味わうことは無いけれど。

どおどお、どおどお。
雨はまだ已まず、辺りを水で浸して、満たして。

「ん、ァ、」

押し留めた声が、それでも小さく漏れ出るけど、それは雨の音に掻き消されて、きっとこの男の耳に届くか届かないか、そんなぎりぎりの小さな音でしかないだろう。
熱い、のに、つめたい。

上っ面だけが燃え滾るようで、中身は空っぽのまま。
つめたい、つめたい。

気の狂いそうな激痛と快楽と、それでも溺れてしまわないのは、堅固たる俺の理性を褒めるべきか嘆くべきか。
空っぽな自分を嘆きながらも、火傷を恐れて踏み込めないのも、いつも自分なのだ。
結局いつでも中途半端で、曖昧で、そんな微温湯みたいな関係が心地良い筈なのに、それなのに。

否。
心地良いのではなく、都合が良い、の間違い。

「あ、も、無理、」

掠れて空気の混じった声がやけに篭って響いて、背後の男が小さく笑ったのがわかる。

「そら、エース、」

おぼれちまえ。

強い力で腰を押し付けられて、ぷつりと何かが弾ける様な、感覚。

どおどお、どおどお、水音が、水音と、どくり、どくり、やけに大きく米神のあたりで早鐘のように脈打つ己の鼓動が。
それはさながら、波の砕ける音のようで、深海のようで、胎内のようで、深い、深い、海の。

(うみ、の、)


このまま全て委ねて溺れたなら。
肺から空気を手放して意識をも何処か遠くへ放り投げることが出来たなら。






(それは、どんなに心地の良いことなのでしょう)



















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