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zekku

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浸水被害[赤炎/OP]

うそつき







嘘を付くのは、楽だけど、ちょっと、きつい。
でも、嘘をつかれるのは、とても、楽だ。
楽。
おもくてどろどろしたものも、「嘘」だったら、笑って背負うよ。
だっていつか投げ捨てても「嘘」だったら、笑ってお仕舞いにできるから。


あの人が俺に言う「すき」は嘘だから、とても気が楽だ。
だから俺も気負わずに言えるんだ「俺も」って。

人を好きになるとかならないとかは、とっても大切な問題で、「すき」はとってもとっても重たい言葉なのだけれど、するするするするとあの人の口から軽やかに流れる「すき」は、ふわふわした羽みたいなもので、俺の中に何も残さず、水みたいにさらさら綺麗に流れて消える「すき」だ。
俺はそれを貰うのがとても心地良くて、平均台に乗ったみたいなぐらぐらした立ち位置からずーっと動けないでいるわけなのだけども。

水のような透き通った「すき」が、呼んでる、気がした。




「よォ」
「・・なんでいるんだアンタ」

遠い空で橙と水色が溶けて、灰色のような藍が流れ込む夕暮れ時。
潮風を吸ったしなやかなモビーの手摺はひたりと掌に馴染む。

するすると手摺を辿ってのんびり空を見ていたら、視界の端に見慣れた鮮烈な赤色が掠めて。
まさかな、と思いながら視線をぎゅっと左へスライドさせたら、お約束というかなんというか。
敵対関係にあるはずの男が、驚くべきほどリラックスした様子で平然とモビーの甲板に佇んでいた。

「お前んとこのオヤジに用があってなァ」
「用が終わったら帰れよオッサン」
「はは、相変わらず、冷てえ」

大丈夫、長居はしねえよ、と、くしゃりと顔を歪めてシャンクスは笑って、甲板の床を軋ませる。
立ち去る刹那にちらりと振り向いた目をうっかり見てしまったのは、俺のミス。

じり、と焼け付くような目が見据えている。
思わず視線を反らし損ねて、頬の筋肉がぴくりと引き攣った。

ぱちん、と空気が割れるように、またくしゃりと相好を崩したシャンクスが口角を引き上げる。
小さく悪戯っぽく笑って、目配せ。

それが、合図だ。



「よォ」
「・・おう」

ぎしり、ぎしり。
少ししけったレッド・フォースの床板が鳴る。

シャンクスの船室は相変わらずアルコールの匂いが充満してて、もしかしたらこのじとりとした湿気も気化した酒なんじゃないかと思ってしまうほどだ。
実際のところどうなのかはよくわからないけど。
本当にそうなのかもしれないけど。

「エース」

俺の名を呼ぶ声は、優しい。
それはもう、馬鹿な俺がうっかり勘違いをしてしまいそうには優しいので、俺はいつも勘違いをしているフリをしてそれに甘んじているのだ。

まるで猫かなにかを撫でるような気軽な仕草で、シャンクスは俺の髪を掻き混ぜて笑う。
生まれついての癖ッ毛は潮風風雨に晒されているからぎしぎしに痛んでいるのに、するり、するり、シャンクスの骨ばった指には絡むことなく解けていく。

それが嬉しい反面、ひどく寂しくもなったりするのは内緒だ。

「・・来いよ」


誘われるまま。
されるがまま、な、フリ。

見せるのは格好だけの逡巡と抵抗。
シャンクスはそれに気付いているのかいないのか、別段言及せずにいつも茶番に付き合ってくれる。


「ん、」

合わせた唇はかさかさしていて、熱い。
その熱さにちょっとだけクラっとして、泣きたくなって。

じ、と俺を見るその眼はいつだってあまりにも真っ直ぐで綺麗なもんだから、いつだって、苦しい。

嘘につられて嘘を欲しがる筈なのに、なのに。
なのに本当は、嘘じゃ嫌だと駄々を捏ねているから。


そんな眼で夢を見せるあんたは、ずるい。



「なァ、エース」
「あ・・?」

困ったように眉尻を下げて笑う顔。
そーゆー顔も、かっこいいのでとても癪だったり。


「んな顔すんなよ」
「何が」
「俺ァ一体どうすりゃ良い」
「だから、何がだよ」

俺の髪を撫でていた指が目尻を掠め、頬にかかる。
シャンクスは困ったように笑う顔、というか、もういっそ、本当に困った顔をしていた。

「好きだよ、なァ、エース」

だから泣くな、って言いながら額にキスをひとつ。
俺はとうとうシャンクスの頭が酒でぶっ飛んだかと思った。
だって俺は涙なんか一滴も流してやしないのだ。

「すきだ」

じわり、染み込む水みたいな「すき」が、今日はなんだかどろりと濁っている気がした。
いつもならするする透き通った「すき」なのに、今日は脳髄にじりじり蔓延ってうまく流れてくれない。

「好き」

何度も何度も執拗に、言い聞かせるように繰り返しては、あやすようにキスを降らせて。
なんだか聞き分けの無い子どもを宥める親のような動作で、幾度も幾度も、触れるだけのキスをくれた。

「泣いてねえよ、俺」
「ああ、知ってるよ」


「でも、泣いてんだろ?」


ざらりとした感触が米神に押し付けられる。
くすぐったい。

「だから、もう辞めにする」

(何を?)
(何を辞める?)

今のこの行為?それともこの関係性そのもの?

「・・・エース」

知らず知らず、シャンクスの服の裾を掴んでいた指に力が篭る。
ああ、我ながら子どもみたい。
いや違うな、3流映画の離縁シーンみたい。



「嘘はもう、辞めにする」





「エース、愛してる」

水のように染み込んでいたのは、実は致死量の毒薬でした。













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