溺れてしまわないような、予防線。
約束はしない。
果たせないことを危惧して。
形は残さない。
いつか失うことを恐れて。
「れーの」
「レノ、レーノー、レノってば」
「聞いてんのー?」
「聞いてねえぞ、と」
「聞いてんじゃん」
大都会の中では、人間さえも消耗品。
来る日も来る日も馬車馬のごとくこき使われる。
それはソルジャーも、タークスも一緒。
というわけで、滅多にお休みが被ることなんて無い二人の、一緒に過ごす久々の休暇。
「レノー」
「あんだよ五月蝿ぇぞ、と」
たまの休日は大概レノの家で二人で過ごす。
暗黙の了解。
レノもザックスも任務明けで疲れていることが多いからだ。
休日くらいはゆっくりしたい。
本当のところ、ザックスは休日なんだからゴールドソーサーやコルタ・デル・ソルに行きたいのだが、レノの機嫌は一度損ねると大変なので、我慢して家でごろごろする方を選んでいる。
夜のお楽しみ用に買った酒のボトル。
3本の内、最初の1本はもう半分くらいに減っている。
時刻はまだ昼過ぎだ。
「なぁレノー」
「はいはい少し黙ってろよ子犬ちゃん」
先刻からずっとこの調子。
お出かけできないならせめて、と構ってオーラ前回のザックスをあしらうレノ。
レノの目線は雑誌の上だ。
ポジティブが取り柄のザックスでも流石に少し凹んできた。
「・・・なぁー・・」
折角久々に二人一緒の休みだっていうのに、これは酷くないか。
「レノさぁ・・」
(俺のこと、好きじゃない?)
嫌い、とは、いくら心の中でも言いたくなかった。
言葉にしたら肯定しているような気がして。
「レノ、俺のこと好き?」
「はぁ?」
ふー、と紫煙が燻る。
疑念の色を映して、漸くザックスの方を見た翡翠の瞳。
「何を今更」
「言ってよ、なぁ、好き?」
けむりが、くゆる。
長く吐かれた息。
「俺が嫌いな奴と一緒に居ると思うか、と」
「思わない」
思わない、けれども
「でも、」
「あーもー、うっせえぞ、と」
くゆる、くゆり、ふわりふわふわ。
白い煙。
「これでいーんだろ、と」
甘くて苦い紫煙の香りと、細められた翡翠の瞳。
つん、と鼻を突いたキツイ香り。
苦い。
ぬるりとした舌は苦い。
ふるり、微かに瞼が震えた。
ふるり、静かに心が、ざわついた。
「ケチ」
「そりゃどーも、と」
少々痛んだ赤い猫ッ毛をぐあり、掴んでもう一度キス。
苦かったタバコの味がゆるゆる溶けて、じわり広がる甘さ。
「ったく、まだ素面なんだけどな、と」
「いーじゃん、素面でも」
「色々あんの、俺にも」
酔った方が色々と便利なの、と呟いて。
ゆるり、鼻先を摺り寄せる猫。
するり、逃げてしまいそうで、逃げ道なんて作らせまいと抱き締める。
彼の衣服にまで纏わりつく煙草の匂いも、なんだか良い匂いに思えるから不思議だ。
「言えよ、好きって」
「やーだね」
「ケチー」
「なんとでも」
(言葉になんてしてはやらない)
じゃれつく大型犬の首に鼻先を埋め、レノはゆるりと眼を閉じる。
形あるものは壊れるのだから。
ならば言葉になど出さないほうが、いい。
いつか壊れる幸せなら、酒に溺れた夢だったと思いたい。
夢だったと。
甘い夢であったと。
「レノー、スキー」
「知ってるぞ、と」
嗚呼、でも、多分。
(もう溺れてんのかもな、と)
嵐のような劣情に、沈む