ああくそ、こんなつもりじゃなかったのに。
後悔先立たずってな。
あーあ。
かたかたかたかた。
白くて長くてキレイな指がキイを叩く単調な音が部屋に響く。
高級そうな調度に囲まれたキレイな部屋は、重い。
空気が、である。
先程から休むことなく指を動かし続ける社長の伏せられた長い睫毛を見る。
ブロンドで縁取られた蒼い瞳は綺麗。
綺麗すぎて、重い。
この部屋と一緒。
「何か用か?」
視線はパソコン画面に縫いとめられたまま、ほんの少し苛立ちを滲ませた声。
そんな声でもかっこいいのは、ずるいなぁと思う。
「いーえ」
なるべく間延びした声で返事を返す。
そうすればまた少し、社長の機嫌が降下するのを知っているから。
かたかたかたかた。
またキイを弾く音だけが重たい部屋に流れ、俺と社長の間には沈黙。
別に沈黙は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけども、好きでもない。
特にこの重い部屋での沈黙は、どうしようもなく重い気分にさせるから。
ぎし。
ふかふかのソファが体重を受けて沈む。
俺は社長から視線を外さずに、ゆっくりソファに体を沈み込ませる。
テーブルに足を乗せると怒られるからそれはしない。
別に怒らせても良いけど後で面倒だから。
「だから、何だ」
苛々指数、プラス10ってところか。
先程よりも苛立ちを強く含んだ声音。
今度は蒼い瞳を俺に向けて、指はキイを滑ることなく止まっている。
「2時間34分」
「・・?」
「社長が俺を見なかった時間だぞ、と」
殊勝な表情を作ったら相好を崩してくれるだろうか。
でもここはあえて不遜な表情で、笑ってやる。
ああ、呆れたカオ。
そんな顔もかっこいいから、ずるい。
「構って欲しいのなら、先に言え」
「躾のなってない犬はお嫌いでしょ、と」
だったら待ってます、わんわん。
ふざけて口走れば、社長は口角を上げてゆるり、俺のジャケットの襟を掴む。
不機嫌かと思いきや、意外と上機嫌なようで。
なによりですが少し怖いです、と。
ああ、ずるい。
ずるり、キスされて。
ばさばさと書類が床に落ちるのを目の端で見て。
きっとアンタは最初から俺がここに来たワケなんてわかっていただろうに。
ホント、ずるい。
こんなに好きになる予定じゃなかった、のに。
わんわん。
結局転がされているのは俺の方。